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500文字小説『夜の林檎』

『夜の林檎』

「ねぇ、林檎を取って」
 私がそう云うと、夫は枕元の赤い果実を手渡してくれた。
 左手に丸く収まる林檎はずっしりと重い。ベッドサイドランプの弱い光を細かく分散するのは表面に敷き詰められた小さな石が輝くため。宝石店で夫に買ってもらった林檎は、確かに、ここに、ある。
 喜んでくれて嬉しい、と夫は私の髪を撫でる。本当は新しい指輪でも購入するつもりだったようだけれど、私は店頭でこの林檎を見て、目が離せなくなってしまった。
「新しい林檎」
 呟くと、食べたくなってきたなあと夫はキッチンへ向かった。
 私は手の中の林檎を握り、そっとくちづけをした。宝石の林檎は齧って体内に取り込むことができない。それは少し哀しくて、とても愛おしいことだった。
 ベッドに戻ってきた夫の手にあるのは見事な大玉の林檎だ。包丁使いが怪しい夫は皮を剥かない。夫の実家から箱で送られてきたのでまだたくさんある。
 楽園の実を与えてくれたのは夫だった。出会ったときから。
「明日、カップケーキ焼くね」
 本で見た、新鮮な林檎を使ったレシピを試してみたいの、と伝える。抱きついて抱きしめてもらう。
 ありがとうは二人の言葉。おやすみなさい。

(氷砂糖491粒)

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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