500文字小説『朝の林檎』

『朝の林檎』

 おはよう、と私を起こしに来た夫は、手に林檎を持っていた。
 林檎は赤く、丸い。
 夫はカーテンを開け、寝室には光が満ちた。夫の手の林檎は光を浴びててかてかしている。
「ねぇ、それは?」
 問いかけると、夫は無言で林檎をひと齧りした。しゃくっと小さな咀嚼音。こちらを見ながら笑顔の夫は、よくわからないけれど満足そうだ。よくわからないけれど。
 ベッドから起き上がり、ガウンを羽織る。一緒にダイニングへ行くと、コーヒー、トースト、目玉焼きの朝食が準備されている。
「ありがとう、嬉しい」
 そう云った私に夫はキスをして、君のことなら何でもわかるよ、と冷蔵庫からバターと苺ジャムを取り出す。私はバターを塗ったトーストに苺ジャムを乗せるのが好きだ。
 ありがたいとは思ったけれど、同時に、やっとか、という脱力感。まあそんなところも可愛いよ、と口には出さない。
 夫がテーブルに林檎を置き、私はすかさずそれを掴んで齧る。健やかな私たち。

(氷砂糖405粒)

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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