500文字小説『旅に出る』

『旅に出る』

 ツギハギのロバは船に乗り込みました。飼い主に捨てられた哀れなロバは、この船に乗るしかない、そう思ったからです。船は行く先を誰も知らず、けれど毎日出港するこの船には、いつもたくさんの乗客がいます。
「よう、アンタはどんなところに行きたいんだい?」
 ツギハギのロバに話しかけたのは片耳のないウサギでした。その姿はロバに負けず劣らずみすぼらしいものでした。
「ここでないのなら、どこでも」
 声に出して答えると、ツギハギのロバはとても不安な気持ちになりました。周囲を見渡すと乗客の誰もがどんよりと暗い目をしています。話しかけてきたウサギも、決して明るい気持ちの旅路ではなく、この船に乗る以外の選択肢がなかったように見受けられました。
 そうかい、といってウサギはロバの横に並んで海のほうを見ていました。仲間が欲しいわけではないようでした。同じ境遇のものがいる。ツギハギのロバはそう感じ、ウサギの横で同じように海を見つめました。
 空は深く青く、風はひやりと冷たいものでした。誰も彼らの船出を祝ってはいませんでしたが、船は汽笛をあげ、ゆっくりと、陸を離れ始めました。もう、戻ることはできないのです。

(氷砂糖491粒)

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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