超短篇競作『百年と八日目の蝉』

『百年と八日目の蝉』

 気付くとこの地で倒れていた。住民たちに優しく介抱され、住む小屋を与えられ、食べ物は分け合うしきたりのようだったから混ぜてもらった。皆、とても穏やかで幸せそうな人ばかりで、ここに来るまでのことを一切覚えていなかったけれど、それでも安らかな気持ちで暮らすことができていた。
 与えられた小屋の横には桃の木が生えていた。夏が来ると立派な実がいくつもなった。木に登り、実を収穫した。産毛の生えた表面は何か、赤子の肌を連想させた。飛んで来る鳥のために二、三の実を残して、あとはしきたりどおりに皆で分けた。甘くみずみずしい桃だった。夏の間に別の木の桃も分けてもらえ、都合四度ほど甘い桃にありつけた。
 三十年くらいまでは何年目か数えていたが、それもやめてずいぶん経つ。この地に来たころから姿形は全く変わっていないし、むしろ若返ったかのように力みなぎっている。相変わらずこの地に来る前のことは全く思い出せないままである。けれどそれは、気にしても仕方のないことだ。だからもう、思い出さない。
「幸せですね」
 桃を食べながらしみじみと言った。
「幸せだったのさ」
 隣で桃をむさぼる爺さんに言われる。表情は、見えない。

(氷砂糖496粒)
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 500文字の心臓第157回競作投稿作。
 ○△△××
 

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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