500文字小説『ハサミの音』

『ハサミの音』

 思い出が重く垂れ下がってきたのでサロンを予約した。
 時間通りにサロンに着くと、荷物を預けて心地よい椅子に案内される。バナナ型のクッションをおなかに置かれ、なるほど、ひじを置くのにちょうどいい。
 今日の担当です、と細身の男性。
「どうされました?」
「さっぱりしたくて」
 まず頭の中をきれいにクレンジングされる。やさしく。こまかく。やわらかく。
 気持ちが穏やかになったところでハサミが入る。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
 思い出がぱらぱらと床に落ちてゆく。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
 ハサミの音はリズミカルで、耳から快感を覚える。目を閉じて音に耳を澄ませる。目を開けて見る。ハサミが動いている。目を閉じる。聴く。シャキシャキ、シャキシャキ。思い出を切る音は小さな音だけれど、ちゃんと思い出は少なくなってゆく。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
「いかがでしょう」
 鏡を見るとすっきりとした頭になっている。
 仕上げにトリートメントをされながら、見ていたのは鏡だったのだと改めて気付く。
 左手で思い出を切られたのは初体験だな、と思う。

(氷砂糖462粒)

コメントの投稿

非公開コメント

注目情報
競走馬ロックキャンディ号の応援サイトではございませんのでご注意ください。
ブログ内検索
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール

こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

KDP始めたよ!
RSSリンクの表示
リンク
Booklog