500文字小説『彼女は宝石職人』

『彼女は宝石職人』

 彼女は早くに目が覚めた。朝というには早過ぎるほどの夜の中。彼女は作業のために身支度を整える。
 彼女の仕事は素材の収穫から始まる。彼女が得意とするのは曙で、そのために夜と朝の欠片を中心に収穫する。まだ闇が満ちていて、灯りがないと歩くこともままならない。まだ夜の時間は続く。
 彼女は籠いっぱいの夜を収穫すると、桜の木の下に座り込んだ。春風はぬるく、けれど不快ではなく、彼女の髪を揺らして同時に桜の花びらを舞わせた。彼女は桜も少し籠に取り、日の出を待たずに工房へと入った。
 工房には昨日までに作ってきた土台があった。基本となる金や銀の土台に、研磨とカットを施した素材を埋め込み、仕上げにさらに細工を加えたものが彼女の作品のうちで人気が高い。新しい技法を試すことがないわけではないし、細かく見て行けばどれにも実験の跡がある。宝飾品は多くの人にとって数を持つものではないので、彼女の試行錯誤を観測する買い手はあまりいない。
 夜明け前の静けさは集中して加工作業を行うにはよい環境だ。研磨機の回転音が途切れ、彼女は仕上げに入る。細工を終えたと同時に彼女の目論見通り日差しが作品を照らし、春は完成した。

(氷砂糖494粒)

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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