500文字小説『永遠の舞』

『永遠の舞』

 老婆の干からびた右手が天を衝く。衰えを感じさせない動きで、手は柔らかに広げられて風を纏い、手首をくねらせながら右上から左へ左から右下へ、はらりはらりとまるで花びらのようで。
 右手は膝まで降りると再びすっと天を衝く。

「桜を演じてるそうですよ」・・・特老管理職員Aさん
「ベッドで横になっていて欲しいんですけどね。あ、これはオフレコで」・・・特老介護職員Bさん
「あの人は変わっている。近付かないでほしい」・・・特老入居者Cさん
「もう私のこともわからないみたいなんですよね」・・・娘のDさん

 誰の思惑も構うことなく、老婆は唯一動く右手で、はらり、はらり、と続ける。
 車いすを部屋の中央に置いても隅に置いても同じなので、介護職員は他の入居者の邪魔にならないよう、人通りの少ない隅の場所に老婆を移動させる。老婆は構うことなく、はらり、はらり。
 春はもちろん、夏も、秋も、冬も、老婆ははらりはらりと続ける。この冬にCさんは退所した。理由は明かされない。そして、老婆のはらりはらりを気にする者がいなくなった。
「なぜ桜を演じるのか?」
 その問いに答えられるのは老婆だけだが、老婆は語る言葉を持たない。

(氷砂糖492粒)

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Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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