超短篇競作『序曲』

『序曲』

 彼は自身の最期をディスプレイ上にシミュレートする。リズミカルに響くタイプ音。彼の職業は小説家である。決して著名ではないが完結させた物語は数多い。それは彼が短編作家であることによる。
 使い古された万年筆とまっさらな原稿用紙もある。しかし彼はパソコンで書くことを好む。タイピングの方が悪筆よりも速いからだ。彼は筆記速度が速いことを善しとする。なぜか。それは彼の書きたいものが結末だからだ。結末だけを書きたがっているとの言い換えも可能。物語の頭から順に書き進める彼には序盤のあれやこれやはとにかく早く進めてしまいたいだけ。早く最期を書きたいとだけ彼は願っている。
 今。彼は物語を一つ完結させようとしている。まるでピアノでも奏でるかのような指運びのタイピング。激しくなる音はあたかもコンサートの絶頂のよう。「了」を打ち終え静寂。一人の部屋で拍手は起こらない。
 彼は物語を読み返す。これは自身の最期とは違うと感じる。彼は最高の最期を願っている。幸福と限るわけではなく充実感に溢れるものをと。それが叶うなら凄惨な最期でも構わないと。そしてこの物語もそうではなかった。
 彼はすぐにまた新たな物語を紡ぎ始めた。

(氷砂糖498粒)
----

 500文字の心臓第143回競作投稿作。
 △△△△

コメントの投稿

非公開コメント

注目情報
競走馬ロックキャンディ号の応援サイトではございませんのでご注意ください。
ブログ内検索
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール

こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

KDP始めたよ!
RSSリンクの表示
リンク
Booklog