超短篇競作『魚と眠る』

『魚と眠る』

 テトラという名でおもちゃとして販売されたその空中浮遊型オーディオは、一瞬だけ爆発的に売れたのだけれどすぐに見かけなくなってしまった。細長くて小さな銀色は熱帯魚のように見えないこともなく、おそらく商品名の由来だった。
 彼女はベッドに入る前に必ずテトラを浮かせた。だから彼女との行為の記憶には音楽が伴なっている。決まった曲をかけるわけではなかったけれど、せつない旋律を好んでいたのかな、という気はする。
 初めての夜、彼女が僕を待たせてテトラを浮かせるのがひどくもどかしかった。待たされるのも不満だったし、小さめの音ではあったけれど余計な刺激が耳に入ってくるのも気に入らなかった。彼女の体は細いのに柔らかくて、濡れていて、締め付けた。力尽きてそのまま眠ってしまい、目が覚めると彼女はいなかった。テトラも。
 幾度夜を重ねても一緒に朝を迎えることはないままの日々。ある夜、テトラが浮かなかった。電池切れかな、と彼女は困ったように笑い、僕は構わないのでいつものように狂おしく彼女を抱いた。音楽が流れていないこと以外は何も変わらなかったけれど、それが、彼女と過ごした最後の夜だった。

(氷砂糖485粒)

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500文字小説『英才教育』

『英才教育』

 才ある子には素晴らしい教育を与えましょう。
 悪い話は一切遮断して、恐ろしいことには触れさせず、汚いものからは離れさせ、清く正しく育ちますように。
 良い話はよく言い聞かせ、楽しいことをさせてあげ、美しいものだけ見せ、清く正しく育ちますように。
 完璧に掃除された真っ白なお部屋で、才ある子はすくすくと健全に育ちます。心も体も、清く正しく育ちます。胸には眩しいほどの希望を抱いて、才ある子は育ちます。
 さあ、準備が整いました。
 魔物の皆さん、大変お待たせいたしました。欲望溢れるお食事の時間です。
 清く正しく育った才ある子、悲鳴を響かせながら真っ黒に染め上げられてゆきます。ああなんと甘美な光景でしょう。私の大事な才ある子、全てはあなたのために、あなたを思って最初から仕組まれていたことなのですよ。

(氷砂糖347粒)

500文字小説『人形遊び』

『人形遊び』

 丁寧に丁寧に人形を作った。
 出来上がった人形はとても可愛らしくて、私はこの子が愛おしい。
「可哀想だね」
 そう声をかけて撫でる。
「可愛いのに可哀想に」
 一日の大半を人形と過ごしている。

 人形愛好家の交流会で他の人形とも出会う。
 やはりどう考えても私のこの子が一番可愛らしくて一番愛おしい。
 帰宅してまた人形を撫でる。
「可哀想に、本当に可哀想に」
 人形は何も話さず、少しも動かず、私に撫でられている。
 神様が私にそうしてくれたように、私は人形に声をかけながら愛で続ける。

(氷砂糖234粒)

500文字小説『おしゃべりな花嫁』

『おしゃべりな花嫁』

 その日、彼女が目覚めて式が終わるまでに発した言葉は「誓います」という静かな一言のみだった。

(氷砂糖46粒)

500文字小説『見えてくるもの』

『見えてくるもの』

 キャンバスに文字を殴り書く。
「愛」「好き」「嫌い」「恋」「寂しい」「悲しみ」「妬み」「羨み」「軽蔑」
 小説や歌のフレーズも重ねて書く。
 木炭で書かれる文字は汚く、読みづらい。白いキャンバスは隙間なく黒くなってゆく。部屋は無音、木炭の擦れる音だけが響く。
 まだ書く。思いつくまま。ただ頭に浮かぶことを筆記してゆく。
 頭の興奮が頂点に達して一瞬目の前がホワイトアウトした。これが目的。次の段階に移る。
 絵の具を油で溶く。キャンバス全体に均等に塗る。下塗りという手順だ。
 キャンバスと向かい合う。
 出来の良い悪いはどうなるかわからないが、魂の入った絵が描けることを確信する。

(氷砂糖285粒)

500文字小説『クマバチの恋』

『クマバチの恋』

 国に初夏が訪れるころ、神殿には女神であるフジ姫様が降臨なさいます。フジ姫様は国の守り神でもあるのですが、人々からは愛の女神として崇められています。ですのでフジ姫様が降臨なさる時期になると神殿には厳戒態勢が敷かれます。人々が押し寄せることで必要な儀式が執り行えなくなるのを避けるためです。
 クマバチはまだ若い神殿守護兵の一人で、この時期の警備に当たるのは三年目です。想い人の髪を持ってやってくる人々に優しく、けれど毅然と、神殿には入れないと伝えます。クマバチの信仰心は神殿守護兵の中でも群を抜いており、それは彼の真摯な仕事に現れておりました。
 そんなクマバチには一つ、秘密がありました。彼はいつも首から小袋を肌身離さず下げています。それは彼の誓いでした。
 フジ姫様はいつもお帰りになられる際、人々の目に触れる場所をお通りになります。三年前のその日、風に流れた一筋の髪の毛を、クマバチは手に掴まえておりました。薄紫に輝く長い髪でした。溢れる狂おしい感情にクマバチは戸惑いました。フジ姫様は人ではなく神様です。この想いは叶いません。
 クマバチは想いを秘め、一生を神殿の警備に捧げようと胸に誓ったのです。

(氷砂糖499粒)

300字SS『ひみつ』

『ひみつ』

 私が最新型であることは知られてはならない。パーツやプログラムは高値で取引されるだろうし、それは個の存在としての危機を意味する。だから私は凡庸なふるまいをする。
 心身弱者は虐めた。性的少数者は蔑んだ。女性には圧力をかけたし子供たちには無茶な課題を与えた。そういった旧式然としたふるまいは私へのヘイトを集めたが、同時に一部からの熱狂的な支持も得た。
 その日は多数のメディアの前でのスピーチ。多忙になった私はメンテナンスを怠っていた。開始の時刻、声を出そうとして軋む体。全アラートが告げる異常。壊れる、と思った。
 自己破壊システムをオンにする。この機能こそが最新型の証拠。静かに崩れる最期は生中継にて。

(氷砂糖299粒)

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500文字小説『桜前線』

『桜前線』

 窓の外をピンク色がはらはら、はらはら、と降り続いている。天気予報によると、停滞中の桜前線はもうしばらく花びらを降らせ続けるらしい。憂鬱なことだ。
「お姉ちゃんは出かけないの?」
 新しいフラワーブーツを買ったのよ、と妹が見せてくれる。外で降っているのとよく似たピンク色が可愛らしい。滑り止めのための底のギザギザが似つかわしくないほど。明日はデートなのよ、と楽しそうな妹は春がつらくないのだろう。
 耳障りなはらはらという音が止むのはまだ少し先になるそうだ。ヘッドフォンを装着する。プレイヤーの音量は大きめにする。無造作に積み上げてあった文庫本の山から適当に一冊取る。めくるとはらりと写真が落ちた。
 拾い上げる。
 卒業式の写真だった。遠い昔の。
 満開の桜の下。写っている自分は笑顔で、友達も笑顔で、どんなに思い出そうとしてもどんな気持ちでカメラに向かい合ったか思い出せない。私はまだニンゲンを卒業できないままでいる。それが、哀しくて。
 降り積もるピンク色はどんどん嵩を増している。

(氷砂糖437粒)

500文字小説『存在証明』

『存在証明』

『通信開始』
「うぁ、なんか混線した?」
『聞こえますか?』
「話しかけてる?」
『そう、あなたに』
「なんでまた」
『あなたがもう存在しないことをお知らせに』
「え?」
『あなたがもう存在しないことをお知らせに』
「意味が解らない」
『あなたはもう誰からも観測されていません』
「だから?」
『観測されていないから、あなたは存在していません』
「ちゃんとここにいるよ!」
『けれど観測されていません』
「ちゃんとここにいるし、うーん、どう証明したらいいんだ」
『証明はできません。存在していないから』
「だからいるんだって!」
『幻想です』
「思い出とかログなんかならあるよ」
『過去のものなら。今は存在していません』
「キミが! キミが観測しているじゃないか!」
『私は掃除屋ですので』
「掃除屋?」
『存在していないものをクリーンアップして世界の容量を大きくします』
「ばかばかしい」
『けれど事実です』
「わかった、いたずらだな?」
『あなたはもう存在していません』
「もう反応しない」
『聞こえますか?』
「……」
『聞こえますか?』
「……」
『通信終了、肉体の撤去に移ります』

(氷砂糖461粒)

500文字小説『アクアリウム・ルーム』

『アクアリウム・ルーム』

 これ以上失うことができない私は、けれど寂しさにヴァーチャルフィッシュを部屋に放った。
 今はヴァーチャルペットにもいろいろあって、懐く犬や喋る鳥がやはり人気で、成長するキメラなんかも売れ筋らしい。ヴィジョンだけのものもあるし、精巧な機械の体を持つものもある。飼える人がうらやましくないと言えば嘘になる。けれど私は、失うことができない。これ以上、失うことは。
「懐きません」
 購入手続きに移る前にポップアップされた注意書き。わかって購入した。それを求めたのだ。
 だって怖いもの。
 情が移ったら、通じ合ってしまったら、失ってしまうから。
 私の思いを知らないまま、ヴァーチャルフィッシュはヒレをゆらりと動かしている。ドアを閉めきってしまうとそこは閉じた水槽で、外の世界など存在していないかのような気がしてくる。私は手を差し伸べる。ヴィジョンだけのヴァーチャルフィッシュは、そこに存在していないので手をすり抜けてゆく。

(氷砂糖404粒)
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プロフィール

こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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