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500文字小説『融けない魔法』

『融けない魔法』

「懐かしい……」
 氷の妖精は空から降る雪を見て、思わずつぶやきました。
 魔女の魔法によって氷の妖精は一年間だけ、融けない体を手に入れていました。暖かくとも融けませんので冬が終わっても妖精の世界へは行かず、移る季節をその体で感じた一年でした。
 春はうきうきしました。色とりどりの花が咲き乱れているのです。
 夏は疲れ果てました。じりじりと焦がす太陽は人にとってもつらいものです。
 秋は寂しく思いました。生き生きしていた物事が次第に速度を緩めていくのです。
 そして、冬。
 巡ってきた氷の妖精の季節です。
「あら、久しぶりだね」
「他の季節はどうだった?」
「また一緒に遊ぼうよ」
 雪と共に舞い降りてきた仲間たちが口々に氷の妖精へ話しかけます。
「それでいいのかい?」
 魔女もいました。
「望むならもう一年、融けない体をあげましょう」
 悪い魔女ではありません。差し出された手を掴めばまた一年を眺めることができます。
「少し、考えさせてください」
 氷の妖精はためらいがちに言いました。
「今は仲間と冬を楽しみたいのです」
 氷の妖精がそう言うと魔女は、春までにね、と言い残して跡形もなく消えてしまいました。

(氷砂糖490粒)
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500文字小説『魔法で開ける』

『魔法で開ける』

 寝室の鍵を開けるには魔法が必要です。鍵を開ける魔法の呪文は一つではありませんでした。かつては。今はただ一つの呪文でしか開かないのです。他の呪文は効力を失ってしまいました。移ろう季節に風化してしまったのかもしれません。わたしは寝室で寝たいのです。だから呪文を唱えます。柔らかなお布団に包まれることを思いながら、呪文を唱えます。近頃はこの呪文でも鍵が開かないことがあります。

(氷砂糖186粒)

500文字小説『憧れ』

『憧れ』

 メトロノームはカッチンカッチンと音を刻んだ。
 あなたの求めるペースで歩みますよ、と。

 秒針はチクチクと音を刻む。
 あなたをこのペースで歩ませますよ、と。

 わたしはメトロノームに憧れる。
 優しく寄り添ってくれるあなたに。

 わたしは秒針に憧れる。
 強く奮い立たせてくれるあなたに。

 メトロノームと秒針は私を取り合って大喧嘩。
 ……だったらいいな。
 カッチンカッチン。
 チクチク。
 私の気も知らず二人は音を刻み続ける。

 ピアノに向かい、メトロノームをセットする。
 練習に使ってよい時間は六〇分。

(氷砂糖245粒)

500文字小説『たとえ溶けようとも』

『たとえ溶けようとも』

 お嬢さんは本を読むことが好きでした。
 絵本を読んでは物語に胸をときめかせ、旅行記を読んではその地に想いを馳せ、図鑑を読んでは知らない物事にわくわくしました。
 お嬢さんが読んでいない本はこの家にありません。しかしお嬢さんが読んでいない本は世の中にたくさんあります。お嬢さんは世界のほんのわずかな一部しか体験していません。
 お嬢さんはおうちから出ることがかないません。
 保護者からの緩やかな拘束でした。けれどお嬢さんはそれに不満を漏らすことはありませんでした。保護者はときどき新しい本をお嬢さんに渡しました。笑顔で。お嬢さんはその本を喜んで受け取りました。笑顔で。
 誰も悲しむ必要などありません。お嬢さんは不幸ではありませんし、むしろ幸せを感じていました。
 ぺらり。
 音を立ててページがめくられます。絵本ではなく小説でした。
 お嬢さんは夢中でその本を読みました。お嬢さんの意識はおうちで本を読んでいる体からふわり浮き上がり、遥か遥か高いところへ浮かび上がります。
 空気の薄いところでお嬢さんは「この物語世界に溶けてしまいたい」と思いました。それは一時の夢ですが、本心からの願いに間違いありませんでした。

(氷砂糖500粒)

500文字小説『神の箱庭』

『神の箱庭』

 私は神である。
 言葉を紡ぐと物事は輪郭を持ち、姿を得、それぞれに動き始める。
 言葉を扱う私は、すなわち神である。
 箱庭には多種多様な存在を配置した。喜び、怒り、哀しみ、楽しむその存在を私は慈しむ。全てが私の作品であり、全てが存在自身の自我を持つ。
 私は神である。
 気の向くままに箱庭を破壊する事もまた、造作もないことである。
 しかし。
 しかし作った箱庭と箱庭にいる存在たちには情が湧いている。情、だろう。
 私の作りし存在よ、せめてその儚い生を謳歌せよ。
 私は祈ろう。幸せであれと。

(氷砂糖241粒)

500文字小説『白い花』

『白い花』

 白い花が薬になるのだという。
 だからわたしは探した。一番清潔な白い花を。一番美しい白い花を。
 見つけた花は花言葉が悪く、見つけた花は匂いが強く、見つけた花は毒があった。
 探した。
 探して探して探した。
 やっとのことで白い花を手に入れたと思ったら目は覚め、それは夢だった。
 けれど薬が必要であることは夢ではなく、わたしは白い花を探す。
 見つからない見つからない。
 あの子にあげるための、白い花。
 もはやもう手遅れだけれど、私はあの子に白い花をあげたい。
 白い花はきっとどこかで咲き誇っている。

(氷砂糖246粒)

500文字小説『エとセとラ』

『エとセとラ』

 サウナの一番いい位置に腰掛ける男の背中には彫り物があった。羽衣のみを纏った裸の天女。
「俺はなァ、もう女は抱けねェんだ」
 男は語る。
「あいつだけを愛していたのに、あいつは俺を遺してよォ」
 俺にとってはただ一人の天女様だったんだよォ、と手を膝で握った。
 私は彼に問いかけた。
「叶うなら、何を願いますか?」
 そうだなァと男はつぶやく。
「生まれ変わりってのがあるんなら、もう一度あいつと生きてェな」
 まっさらな俺のうちに出会いたかったんだ。そう虚空に吐き出す彼の命が今夜散るであろうことはここにいる全員が承知していた。
「しみったれててもしょうがねェ、サウナ出たらド派手にいくぞ」

(氷砂糖286粒)

500文字小説『嘘つきの少女』

『嘘つきの少女』

 あるところに嘘しか言わない少女が住んでいました。
 少女は誰からも疎まれ、いつも一人で過ごしていました。
 そんなある日、少女のもとに青年が現れます。
 青年は少女の嘘を裏返して受け取ります。
 少女は一人ではなくなりました。
 青年は少女をたいへん大事に扱ってくれました。
 少女は青年に何度も嫌いと言いました。
 青年はにこにこして好きだよとささやきます。
 長く二人で過ごし、少女はついに勇気を振り絞りました。
 青年に大好きと伝えたのです。
 生まれて初めて言う本当のことでした。
 青年はごめんねと言って少女の前から姿を消しました。

(氷砂糖261粒)

500文字小説『官能小説』

『官能小説』

 やっとの思いで手に入れた。僕にとって貴重な貴重な「官能小説」。
 はるか昔の人類はテキストで性感を得ることが可能だったという。なんともまあ不思議な話だ。当時だって直接性交することが可能だったはずだ。そうでなければ人類も哺乳類の一種、種をつなぐことはできないだろう。
「しかしよくわからないな」
 子を成すなら性交すればいいのだけれど、当時は「避妊具」というものが存在していたらしい。子を成さない性交にどんな意味があるのかは、僕にはまったく理解不能だ。しかもセクサロイドという疑似性交用の機械の記録もある。訓練としてではない自慰もよく行われていたようだし、そのための娯楽用品も多種多様だったようだ。それほどまでに当時の人類にとって性感とは大事な感覚だったことがうかがえる。
「しかしテキスト」
 聴覚や視覚を刺激するならまだわかるような気がしないでもない。本能を刺激する可能性があるからだ。しかしテキスト、つまり文字は、理性がなければ読めないはずだ。理性で読んだとして、果たして生物的な本能を興奮させることができるのだろうか。
「古生物学なんて取るんじゃなかったぁ」
 勉強は嫌いじゃないけど、ちょっとだけ、本音。

(氷砂糖500粒)

500文字小説『ページの隙間に』

『ページの隙間に』

 栞ちゃんは僕が本を読んでいる姿が好きだという。あまり本を読むタイプではない僕は、栞ちゃんに好かれたい一心で読みやすい本を探しに書店へ。
 長編小説は、やはり読んでいて疲れてしまうので除外。
 短編小説は、なにかユーモアを試されている気がするので除外。
 エッセイは、作者と気が合わないと腹が立つので除外。
 マンガは読書だろうか。
 雑誌はやはりちょっと違う気がする。
 技術書はさすがによくわからないし勉強したいわけでもない。
 ふと立ち寄った新書コーナー。並ぶ背表紙を眺めていると気になるタイトルに目が留まる。
「ねえ、これにしたら?」
 栞ちゃんは僕の目が止まったまさにその本を取り、僕に勧めてくる。ああ、そうだ、これにしよう。
 会計を済ませて栞ちゃんと僕の家へ。
「疲れたら飲んでね」
 そういって栞ちゃんはコーヒーを淹れてくれ、僕が本を開くと栞になった。

(氷砂糖372粒)
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プロフィール

こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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