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500文字小説『官能小説』

『官能小説』

 やっとの思いで手に入れた。僕にとって貴重な貴重な「官能小説」。
 はるか昔の人類はテキストで性感を得ることが可能だったという。なんともまあ不思議な話だ。当時だって直接性交することが可能だったはずだ。そうでなければ人類も哺乳類の一種、種をつなぐことはできないだろう。
「しかしよくわからないな」
 子を成すなら性交すればいいのだけれど、当時は「避妊具」というものが存在していたらしい。子を成さない性交にどんな意味があるのかは、僕にはまったく理解不能だ。しかもセクサロイドという疑似性交用の機械の記録もある。訓練としてではない自慰もよく行われていたようだし、そのための娯楽用品も多種多様だったようだ。それほどまでに当時の人類にとって性感とは大事な感覚だったことがうかがえる。
「しかしテキスト」
 聴覚や視覚を刺激するならまだわかるような気がしないでもない。本能を刺激する可能性があるからだ。しかしテキスト、つまり文字は、理性がなければ読めないはずだ。理性で読んだとして、果たして生物的な本能を興奮させることができるのだろうか。
「古生物学なんて取るんじゃなかったぁ」
 勉強は嫌いじゃないけど、ちょっとだけ、本音。

(氷砂糖500粒)

500文字小説『ページの隙間に』

『ページの隙間に』

 栞ちゃんは僕が本を読んでいる姿が好きだという。あまり本を読むタイプではない僕は、栞ちゃんに好かれたい一心で読みやすい本を探しに書店へ。
 長編小説は、やはり読んでいて疲れてしまうので除外。
 短編小説は、なにかユーモアを試されている気がするので除外。
 エッセイは、作者と気が合わないと腹が立つので除外。
 マンガは読書だろうか。
 雑誌はやはりちょっと違う気がする。
 技術書はさすがによくわからないし勉強したいわけでもない。
 ふと立ち寄った新書コーナー。並ぶ背表紙を眺めていると気になるタイトルに目が留まる。
「ねえ、これにしたら?」
 栞ちゃんは僕の目が止まったまさにその本を取り、僕に勧めてくる。ああ、そうだ、これにしよう。
 会計を済ませて栞ちゃんと僕の家へ。
「疲れたら飲んでね」
 そういって栞ちゃんはコーヒーを淹れてくれ、僕が本を開くと栞になった。

(氷砂糖372粒)

500文字小説『綿飴の収穫』

『綿飴の収穫』

 収穫された綿飴は、娘さんたちがよって糸にします。糸巻機はからりからりと音を立て、山のようにあった綿飴は、やがてすべてが飴糸になります。
 飴糸は異国に売られます。売られた先で、飴糸はかったんこっとん織られて布になります。甘い香りを漂わせる飴布は光の加減で虹色に光ります。
 飴布は先進国のデザイナーの元に届きました。飴布は大変美しいのですが扱いが難しく、量産品には向きません。その分値段も張ります。けれど、デザイナーはこのパターンを衣服に起こすには飴布でなければならないと主張しました。
 デザイナーは飴布を丁寧に丁寧に扱い、それは素晴らしいドレスになりました。そのドレスはある富豪に嫁ぐ花嫁のためのものでした。
 富豪は大金をデザイナーに渡しました。結婚式は大層豪華なもので、そのドレスにも称賛が集まったと言います。
 そんなことはつゆ知らず、綿飴を糸にする仕事をしている娘さんたちは粗末な食事で命をつないでいました。

(氷砂糖406粒)

500文字小説『夏祭り』

『夏祭り』

 友達には新調したらって言われたけれど、去年と同じ浴衣に袖を通す。
 甘い綿飴。甘酸っぱいりんご飴。しょっぱい焼きそばと、香ばしい焼きもろこし。人混みを掻き分け、何も買わずに雰囲気だけを食べる。
 年に数度しか履かない下駄は、やっぱり今年も痛くて、お稲荷さんへ向かう道に逃げ込む。
 少年がいる。
 手招きする。
 階段を上る。
「ねえ、俺のことはもう忘れて」
 やっと見つけたあなたは、そう言うと狐になって森の中へ消えた。背後で花火が上がる。きっと大輪の見事なものなのだろう。だけど振り返れない。振り返ったら、私はあなたのことを忘れてしまう。
 背後から名前を呼ばれた。
 思わず、振り向いて、しまった。
「ここにいたんだ」
「へえ、花火見るなら穴場だね」
 友達は夏祭りを堪能しているようで、手にはイカ焼きや串焼きを持っていた。そういえば私は何も買ってない。せっかく夏祭りに来たのに。
 甘い綿飴。甘酸っぱいりんご飴。しょっぱい焼きそばと、香ばしい焼きもろこし。お祭りでしか味わえない特別なあれこれを全く手に入れていないことに気付き、ふと、私の知らない私の存在を感じる。それは、不安というより、夏の哀しみ。

(氷砂糖492粒)

500文字小説『コサージュ編み』

『コサージュ編み』

 少しだけ残っていた毛糸でコサージュを編むと、それは友人の間で評判になった。
 私にも私にもと言われたが、お断りした。もう、毛糸はない。何人かは私をケチとなじり、離れていった。だって仕方ないじゃない。毛糸は本当にないのだから。
 押しの強い人がいた。毛糸じゃなくてもいいから、と。
 数日悩んでカップラーメンをしゅるりと編もうとした。ぷつりと途切れて、もったいないので食べた。美味しくなんかない。他に食べるものなどない。
 押しの強い人から連絡が来る。まだ? まだ? まだ? まだ? 繰り返され嫌になってふと気付く。私の影がほつれている。引っ張るとそれは細い紐になった。これなら。
 私は影をほどき、コサージュを編んだ。出来上がったのは二つ。
 出来たよと伝えると街のカフェを指定される。食事代も電車賃もないというと、じゃあ送ってよと返された。コサージュが入るギリギリの大きさの郵便で送った。
 影のコサージュはとても喜ばれ、別の人からまだできるんじゃないの、と批判を浴びた。また迫る、私にも私にも。
 もう、本当に、ないのだ。お腹が空いて考えもまとまらなかったが、左手の小指から赤い糸が出ていることに気付いた。

(氷砂糖498粒)

500文字小説『やさしさを抱きしめたら』

『やさしさを抱きしめたら』

 やさしさは緑色の大きなゴムまりのような姿をしていた。とにかく大きい。立ち上がった私ほどの高さがある。こんな大きなものがどうやって部屋に入り込んだのかは全くわからないが、やさしさはそこにいた。
 ぽよんぽよんと弾む。私に触れようとし、無意識に私は避けた。少しさびしそうにやさしさは弾み、一旦距離を取ってまたぽよんぽよんと近付く。大きな球体ではあるけれど不思議に恐怖は感じない。やさしさなんだな、と納得する。近付かれ、避け、離れ近付かれ、繰り返すうちに触れるか触れないかのところにやさしさは定位置を決めたようだった。
 しばらく時間が経って、私からやさしさに近付いた。相変わらずぽよんぽよん揺れている。そっと触れる。ひんやりとした手触りは夏の夜にはちょうどいいようにも思えた。
 私はやさしさを抱きしめた。やさしさは逃げなかった。こういうときに逃げたほうがいいということも知らないのかもしれない。ぎゅうっと力の限りやさしさを抱いた。やさしさはくびれ、さらに力を込めると音を立てて弾けた。中には透明な液体が入っていたようだ。
 床を拭くために取ったバスタオルで、まずは目から流れていた液体を拭った。

(氷砂糖493粒)

500文字小説『ルナティック』

『ルナティック』

 あなたはご存じありませんが、あなたは獣を飼っています。見えないでしょう。獣はあなたの中にいます。
 わたしだけが知っています。わたし以外の誰も知らない方がいい。あなたが獣を見せてくれるのはわたしの前だけであってほしい。
 闇を湛えた瞳は黒々と美しく、手触りの良い毛は艶やかに美しく、細い首は繊細に美しく、肢体はしなやかに美しく、柔らかな肉は食べてしまいたいほど美しく、甘える姿は抱きつぶしたいほど美しく、横たわる姿はなにものにも代えがたいほど美しく、上げる鳴き声は本当に可愛らしく愛おしくて、できることなら、あなたの獣をわたしのものに、わたしだけのものにしたいと強く思ってしまいます。
 あなたのご存じないあなたが中に飼っているあなたの獣。
 わたしはその獣を愛しています。あなたを愛するのとと同じくらいに。いや、あなたは機嫌を損ねてしまうかもしれませんが、あなたを愛する気持ちよりもっと激しい想いかもしれません。
 わたしはあなたを愛しています。断じて、あなたが獣を飼っているからではありません。けれど、それはそれとしてあなたの飼っている獣をこの手に欲しいのです。
 ……ああ、今夜は月の光が綺麗ですね。

(氷砂糖498粒)

500文字小説『ひまわりの観覧車』

『ひまわりの観覧車』

 暑い日だった。
 大人になってまで遊園地に来るなんて、そんな未来を子供の私は想像していただろうか。たぶん、しなかったと思う。しかも会社を休んでだなんて。
 動植物園に併設された小さな遊園地の小さな観覧車は、そんな日でも列ができていた。ほとんどが家族連れだ。夏休みに入っていたな、と考える。
 順番が来て、彼に手を取られゴンドラへ乗り込む。
 私は左手にソフトクリーム、彼は右手にアイスコーヒーを持っていた。ソフトクリームはどんどん溶けるので崩れないように舐め、ずいぶん小さくなっていたけれど。
 回るゴンドラ。頂上に近づくにつれ視界が広がる。無言の閉鎖空間が気まずく、私はソフトクリームに口を付けた。
 彼の顔が、迫る。
「ひんやりして気持ちいい」
 唇は離れたけれど顔は近いままで彼が言う。私は彼の手からアイスコーヒーを奪い、一口飲んだ。
「甘ったるくなくていい」
 俺そんなに甘いかな、と笑う彼は夏生まれ。
「ねえ、知ってる?」
 ひまわりの花言葉はあなただけを見つめるだって、と彼は言ってその向こうに、いっぱいに広がる植物園のひまわり畑が見えた。

(氷砂糖465粒)

500文字小説『橋の架かる町』

『橋の架かる町』

 白鷺の町にはたくさんの橋があります。たくさんたくさんあります。
 旅人であるわたしたちは、その橋をひとつひとつ渡りました。
 橋はどれも美しく、わたしたちは互いに写真を撮り合いました。二人で写った写真はありません。残念なことですが、白鷺の町では言葉が通じませんでした。写真を撮ってほしいというたったそれだけの言葉を伝えることができず、仕方なしに私たちは相手の写真を撮りました。
 とても美しい町でした。
 最期の一つの橋を渡り終え、わたしはふと、橋から下を覗いてみました。
 きらきらと星を湛えた銀河がそこにはありました。
「ねえ、見て」
 わたしは相手にも呼びかけ、橋の下を見てもらいました。
「わあ、すごい」
 相手もその光景に圧倒されたようでした。
 渦巻く銀河は流れ流れて天の川になると聞いたことがあります。そしてその対岸にそれぞれ牽牛と織姫がいると。天帝の御心のままに流れる銀河がとても穏やかであるのに、わたしは少し、ふしぎな安堵感を持ちました。

(氷砂糖419粒)

300字SS『貴女が噛んだ』

『貴女が噛んだ』

 指切りのあと、貴女は私の小指を舐めました。その妖艶な赤い唇に視線は釘付けになっており、痛いと思う間もなく小指は噛み切られていました。
 とても美しい光景でした。
 貴女の艶めく唇に絡め取られた小指。貴女は出し入れしながら齧り、食み、咀嚼し、やがて嚥下しました。
「貴方の約束はもう、私だけのものよ」
 そう云って微笑む貴女をとても愛おしく思いました。交わした契りを必ず、と心に強く思いました。もう貴女に夢中でした。
 貴女は狩られました。
 確かに貴女は魔物でした。
 この身を貴女だけに捧げると約束したのに、全てを貴女に喰われることを誓ったのに、貴女は、貴女は。
 指の一本欠けた手を、貴女の骸に添えました。

(氷砂糖298粒)

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こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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