500文字小説『もうできない』

『もうできない』

 ちょうちょ結びを生業としている。
 始めた頃は巧く結べないことも多かったし、高度なものは初めからお断りを入れたりした。
 もう中堅の結び師ともいえる今。
 ほとんどのちょうちょ結びは特に苦もなくきれいに結べるし、難しいものもなんとかちょうちょ結びの形にはできる。
 ちょうちょ結びの世界に足を踏み入れた頃に知り合った、りぼん結び師がいる。ちょうちょ結びとりぼん結び、似ているところも多くアドバイスも多くもらい参考になった。可愛がってくれるこの人を畏敬の念で見ていた。
 この人はりぼん結びの高みにいた。
 出来上がったものを見るだけでその人の仕事だとわかったし、ジャンルが違っても結び目を見る目は的確だ。
「なあ、君はもっと巧く結べるんだから、もっと高みを目指すべきだよ」
 飲みの席で言われて、小さく、絶望した。
 私はひとつひとつ、精を込めて結んでいる。稀に満足いかないものを結んでも、それは解いて結びなおすし、どれも私の仕事だと堂々といえるもののつもりだ。
 あなたのようにはできない。
 私は転職について考えることが多くなった。
 求人票を見るけれど、ちょうちょ結び師として過ごした年月が邪魔でためらってしまう。

(氷砂糖499粒)

500文字小説『機械の鶏』

『機械の鶏』

 朝五時になると、カチッと小さな音がしてから甲高い「コッケコッコー!」の叫び声。トサカをなでてやるまで鳴きやまないこの鶏は、祖父が初孫のわたしに作ってくれた機械人形だ。目覚まし時計兼ペットのつもりだったようだ。正直、朝五時はちょっと早すぎると思う。
 餌は石炭。砕いたものを与えるとクックックックと上手についばむ。食べたあとは嬉しそうに「シュゴー!」と蒸気を吐く。わたしが歩くとついてくる。
 この鶏は週に一度、解体してメンテナンスを行う必要がある。幼いころから祖父の手元を見てきたし、わたし自身、幾度も手伝ってきた。手を煤で黒くしながらの作業だ。
 解体すると、稀に透明な塊が取り出されることがある。
「ダイヤの原石だよ」
 祖父はいい、わたしはジャムの瓶にそれらを溜めてきた。もう瓶は三つめだ。調べたところによると、ダイヤなのは間違いないが、宝石としての価値はほぼないらしい。けれど、祖父とわたしで重ねてきた時間の結晶といえる。
 今から、わたしは初めて、鶏を一人で解体する。
 どうか、うまくいきますように。
 どうか。
 昨晩救急車で運ばれた祖父に付き添って、父も母も、まだ帰ってきていない。

(氷砂糖491粒)

300字SS『縫う』

『縫う』

 ちくちくとはなびらを縫う。

「何故?」
 誰かが彼女に問う。縫いながら彼女は口を開く。
 ――散らない花が欲しくて。

「これをあげるよ」
 誰かが彼女に造花を贈る。縫いながら彼女は拒否する。
 ――それはだって、生きてない。

「これはいかが?」
 誰かは宝石を差し出し、誰かは恋文を渡す。
 ――ちがうの。ちがうの。

 縫った端からはなびらははらはらと零れ落ち、いつまで経っても彼女の手の中で花が咲く気配はない。
 冬の神の娘は、ただちくちくとはなびらを縫う。
 一年中の花を集めたはなびらの山は、彼女の手でいったん留まり、そしてまたはらはらと風に流れてゆく。
 はらはら、はらはら。
 はらはら。
 はらり。

(氷砂糖291粒)

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500文字小説『豆』

『豆』

 豆のように小さな本を庭に埋めた。
 しばらくすると芽を出し、水をあげるなどの世話をしていると花が咲いた。ピンク色の可愛らしい花だ。
 やがて花はしおれ、小さなさやが少しずつ育っていった。
 一つのさやを収穫すると、中には豆のように小さな本が三冊入っていた。
 一冊は植物の育て方の本で、一冊は豆料理の本で、最後の一冊は埋めたのと同じ本だった。
 そんなさやが、四つ、五つ、六つ。
 埋めた本は、実は初めて書いたお話を本の形にしたものだった。葬るつもりで埋めたのに、なんとまあ、増えてしまった。
 どうしたものか悩んで、野菜の無人販売所のすみっこに「一つ一〇〇円」と置いてみた。
 もの珍しさか野菜よりも早くなくなり、作り方を知りたいという手紙をもらった。
 うん、庭に埋めるといいよ。

(氷砂糖334粒)

500文字小説『王と占い師』

『王と占い師』

 王宮に召し上げられた占い師はずっと沈黙を続けていました。
 王はいろいろなことを訊きたかったのですが、占い師はただ黙っているだけで、帰してほしいという言葉さえも発しません。
 大臣の一人が占い師の胸ぐらを掴み、不敬である、と言いましたが、王は慌てて大臣を止めました。
「そなたが沈黙を貫くのは何か意図があってのことであろう」
 王は続けます。
「だが、そなたが本物ならば、他の国に渡られては困る。解るであろう?」
 占い師には召使いがつけられ、宮殿の中に一室が用意されました。初めのうち頻繁に占い師のもとへ大臣たちが訪れましたが、言葉を話さない占い師を怒鳴りつけるのも疲れるのか、一年の後には王が訪れるのみになりました。
 王は占い師の前でさまざまな話をしました。とても私的な話に及ぶこともありました。王は話を終えると穏やかな顔で部屋を去りました。それは毎晩続きました。
 王は密偵を使って声を潰す薬を手に入れていました。
「飲んでも飲まなくても構わぬ」
 占い師に差し出しながら王は言います。
「飲めばそなたは自由である」
 占い師は薬を飲むことなく、一生を宮殿で過ごしたと言います。国は静かながらも平穏に続いています。

(氷砂糖500粒)
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こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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