500文字小説『幽霊喫茶のパンケーキ』

『幽霊喫茶のパンケーキ』

 カフェで文庫本でも読もうと駅前に出てきたけれど、どこも行列で、断念。駅周辺をぶらぶらしていると喫茶店を見つける。古そうな建物で、地元の人しか来ないんだろうなといった風のひっそりとした。
 ドアを開けるとテレビで見たようなカランカランという音がして、芳醇なコーヒーの香りに包まれる。空いている店内を見渡し、隅のボックス席に座る。
「オススメはパンケーキですよ」
 お冷を持ってきた品の良いお婆さんにいわれ、パンケーキとブレンドのセットを頼んだ。カウンターでお爺さんがサイフォンを扱い始める。文庫本を開く。
「お待たせいたしました」
 紙ナプキンにナイフとフォークが置かれ、目の前にコーヒーとパンケーキが並ぶ。コーヒーを口に含むと、チェーン店では味わったことのない暴力的ともいえる芳香が広がる。驚きで文庫本は横に置いてしまう。
 次はパンケーキ。バターはとろけ始めており、たっぷりとメープルシロップを回しかける。甘い香り。おいしい。
 ふと、周囲に大勢の人の気配を感じる。ざわざわと「いいにおいだね」と声が聞こえるような気がして顔を上げても誰もいない。
 パンケーキとコーヒーを胃に納めると、すっかり満足して店を出た。

(氷砂糖500粒)

300字SS『さかなの媚薬』

『さかなの媚薬』

 出張で離島へ。ケータイも入らない島に小さなバーを見つけていた。
 初めて足を踏み入れたそこは僻地であることを忘れてしまうような佇まい。バックバーにはずらりと洋酒の瓶が並ぶ。マスターは爺さんだ。
「ジンバックを」
 都会のバーと同じものを頼み、出されたカクテルはごく普通の味で安らぐ。
 と。
「いつもの」
「俺も」
 入口を開けるなり大声で注文をしたのは、島民と思しき男性二人。マスターは見慣れない瓶からショットグラスに液体を注ぐ。男性たちはショットを呷ると服を脱ぎ、裸で店の奥へ消えた。ドボンと水音が二つ。
 訝しげに瓶を見ていると問われる。
「人魚を抱きますか?」
 もう人間は抱けなくなりますよ、と下卑た笑みで。

(氷砂糖300粒)

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500文字小説『旅に出る』

『旅に出る』

 ツギハギのロバは船に乗り込みました。飼い主に捨てられた哀れなロバは、この船に乗るしかない、そう思ったからです。船は行く先を誰も知らず、けれど毎日出港するこの船には、いつもたくさんの乗客がいます。
「よう、アンタはどんなところに行きたいんだい?」
 ツギハギのロバに話しかけたのは片耳のないウサギでした。その姿はロバに負けず劣らずみすぼらしいものでした。
「ここでないのなら、どこでも」
 声に出して答えると、ツギハギのロバはとても不安な気持ちになりました。周囲を見渡すと乗客の誰もがどんよりと暗い目をしています。話しかけてきたウサギも、決して明るい気持ちの旅路ではなく、この船に乗る以外の選択肢がなかったように見受けられました。
 そうかい、といってウサギはロバの横に並んで海のほうを見ていました。仲間が欲しいわけではないようでした。同じ境遇のものがいる。ツギハギのロバはそう感じ、ウサギの横で同じように海を見つめました。
 空は深く青く、風はひやりと冷たいものでした。誰も彼らの船出を祝ってはいませんでしたが、船は汽笛をあげ、ゆっくりと、陸を離れ始めました。もう、戻ることはできないのです。

(氷砂糖491粒)

500文字小説『仮想空間』

『仮想空間』

 お疲れ様でした。どうぞ、スポーツドリンクです。ゆっくりで構いませんのでこの量を飲みきってください。自覚はないかもしれませんが、かなり発汗しているはずですので。
 大丈夫でしょうか。ではアンケートに移ります。ああ、そのままソファに掛けたままでどうぞ。こちらで記述いたします。いえ、ボランティアでテストプレイにご参加いただいたわけですからね。あまりご負担をかけないように……というかお疲れでしょう。厳しいご意見でも構いませんので、率直にお答えください。
 全体として、感覚におけるリアリティの再現レベルはどの程度だと感じられましたか? 五段階評価でお願いします。はい、ありがとうございます。特に刺激的だった感覚は五感のうちどれになりますか? 耳、と。強すぎましたか? はい、そうですね、もう少し弱くすることも検討いたします。逆に、五感のうちでこれは足りないという刺激はどれでしょう? ああ、なるほど。具体的にはどのようなところで足りないと感じられましたか? 包丁……刺され……、はい。単純に刺激を強くすることで改善されると思われますか? ありがとうございます。
 アンケートは以上です、さよなら。

(氷砂糖494粒)

500文字小説『鑑定士』

『鑑定士』

 上・中・下に分けていく。☆を見た瞬間に判断できる。そのための特別な訓練を受けたし、それだけで食べていける高度な技能資格。
 上、下、下、上、中、下、下、中、下、上。
 一つの☆を手に取り、迷う。
「これは……赤?」
 こんな☆に出会ったことはなかった。分けないといけない☆はまだ山のようにある。この☆の鑑定に時間を取られるわけにはいかない。
 赤としかいいようがない☆をポケットに入れ、続きの鑑定を進める。
 下、上、中、中、下、上、下、中、下、下。
 一日の仕事を終えて帰宅する。
 ポケットから赤の☆を取り出してテーブルに置く。眺める。話しかける。
「赤、だよなあ」
 困惑し、どうしたものかと考えながら眠りにつく。
 朝起きると☆が違って見えた。
 職場に持って行き、下の箱に入れる。

(氷砂糖334粒)
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こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

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