500文字小説『ご飯生産の日々』

『ご飯生産の日々』

 なんだかよくわからないケモノと暮らしている。
 そいつはいつの間にかうちに居ついていて、あまつさえ私の部屋に入り浸るようになった。もこもこしていて、手のひらに乗るくらい小さくて、黒いつぶらな瞳で、ふわふわのしっぽで。ネットでこいつが何なのかを調べるためにいろんな語句で検索してみたけれど、似たようなやつさえ見つからない。
 こいつには名前を付けていなくて、けれどそれで困ることはない。他人に説明することもないので。
 体臭もなく何かを食べている風でもないので、どういう仕組みなんだろうと思っていたが、あるとき突然判明した。学生時代に使っていた国語辞典をむさぼっていたのだ。むさぼっていたといっても紙を食べ散らかしていたわけでなく、辞書からいくつかの単語が消えていた。空白のページまで。もうこの辞書は役に立たない。
 もしかして、と思って日記帳の過去のページをめくってみて、やられた、と思った。単語がいくつか抜けたページがあり、ほぼ空白のページがあった。
 怒鳴ってやろうかとそいつを見ると、ペンを持つ右手にじゃれてきてしっぽを振った。あんまり可愛くて怒る気は失せた。
 でも、私は日記を書くことをやめない。

(氷砂糖498粒)

第155回競作、選評

 第155回競作『投網観光開発』

----

×<投網観光開発2>(はやみかつとし)
> リソースが潤沢となった現在においては

短い作品ですが、悪い意味で情報量が多すぎます。
と感じたのは漢字の多用が原因か改行されてないことが原因か。
逆選を。


△<投網観光開発5>(胡乱舍猫支店)
>丸太を使ってログハウスを模した看板には

素直に笑ってしまったので次点。


◎<投網観光開発8>(雪雪)
>朝礼を永遠に振興する一族郎党。

よくこのタイトルでこれが書けたなあというある種の畏怖。
体言止めの多用で、若干演出過剰かも、とは思いますが
概念や定義をこねくり回すのはとても好みの題材ですし
最後の一文、突拍子もなくファンタジックで、この飛躍は「超短篇的」なのでは。
特選を。

300字SS『染まらない』

『染まらない』

 魔都で一番の娼館で一番の姫は、黒髪の姫でした。
 噂は辺境にまで届き、男たちはどんなに美しい姫なのだろうと夢見、女たちはどんなに汚れた姫なのだろうと蔑んでいました。不思議なことに噂は遠い昔からあるようです。
 娼館には丁稚の少年がいました。少年は黒髪の姫がどれほど美しいか、どれほど客を迎えているかを知っています。
「本日でお暇をいただきます」
 少年は年季明けの挨拶を姫たち一人一人に行いました。挨拶をすると黒髪の姫はたちまち白髪の老婆になりました。老婆は連れて行ってくれないかといいます。
「わかりました」
 憐れんだ少年が口に出すと、呪いが解けた老婆は目を閉じて、穏やかに息を引き取りました。

(氷砂糖294粒)

続きを読む

500文字小説『ハサミの音』

『ハサミの音』

 思い出が重く垂れ下がってきたのでサロンを予約した。
 時間通りにサロンに着くと、荷物を預けて心地よい椅子に案内される。バナナ型のクッションをおなかに置かれ、なるほど、ひじを置くのにちょうどいい。
 今日の担当です、と細身の男性。
「どうされました?」
「さっぱりしたくて」
 まず頭の中をきれいにクレンジングされる。やさしく。こまかく。やわらかく。
 気持ちが穏やかになったところでハサミが入る。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
 思い出がぱらぱらと床に落ちてゆく。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
 ハサミの音はリズミカルで、耳から快感を覚える。目を閉じて音に耳を澄ませる。目を開けて見る。ハサミが動いている。目を閉じる。聴く。シャキシャキ、シャキシャキ。思い出を切る音は小さな音だけれど、ちゃんと思い出は少なくなってゆく。
 シャキシャキ、シャキシャキ。
「いかがでしょう」
 鏡を見るとすっきりとした頭になっている。
 仕上げにトリートメントをされながら、見ていたのは鏡だったのだと改めて気付く。
 左手で思い出を切られたのは初体験だな、と思う。

(氷砂糖462粒)

500文字小説『もうできない』

『もうできない』

 ちょうちょ結びを生業としている。
 始めた頃は巧く結べないことも多かったし、高度なものは初めからお断りを入れたりした。
 もう中堅の結び師ともいえる今。
 ほとんどのちょうちょ結びは特に苦もなくきれいに結べるし、難しいものもなんとかちょうちょ結びの形にはできる。
 ちょうちょ結びの世界に足を踏み入れた頃に知り合った、りぼん結び師がいる。ちょうちょ結びとりぼん結び、似ているところも多くアドバイスも多くもらい参考になった。可愛がってくれるこの人を畏敬の念で見ていた。
 この人はりぼん結びの高みにいた。
 出来上がったものを見るだけでその人の仕事だとわかったし、ジャンルが違っても結び目を見る目は的確だ。
「なあ、君はもっと巧く結べるんだから、もっと高みを目指すべきだよ」
 飲みの席でいわれて、小さく、絶望した。
 私はひとつひとつ、精を込めて結んでいる。稀に満足いかないものを結んでも、それは解いて結びなおすし、どれも私の仕事だと堂々といえるもののつもりだ。
 あなたのようにはできない。
 私は転職について考えることが多くなった。
 求人票を見るけれど、ちょうちょ結び師として過ごした年月が邪魔でためらってしまう。

(氷砂糖499粒)
注目情報
競走馬ロックキャンディ号の応援サイトではございませんのでご注意ください。
ブログ内検索
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール

こおり

Author:こおり
モノカキ時は「氷砂糖」の筆名使用。
息をしたり、寝たり、食べたり、音楽を聴いたり、500文字小説を書いたりしています。
鉄の街出身、晩秋生まれの嘘詠い。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
リンク
Booklog